東京地方裁判所 昭和59年(ヨ)2310号・昭59年(ヨ)2311号
債権者
吉田秀雄
右訴訟代理人弁護士
安田叡
同
南惟孝
債務者
東京無線タクシー協同組合
右代表者代表理事
川村和太郎
債務者
宮園タクシー株式会社
右代表者代表取締役
川村和太郎
右両名訴訟代理人弁護士
安西愈
同
井上克樹
主文
一 債権者の申請をいずれも却下する。
二 申請費用は債権者の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 債権者
1 債務者東京無線タクシー協同組合が債権者に対し昭和五九年一月二六日付けでした無線車乗務員登録を取り消す旨の意思表示の効力を仮に停止する。
2 債務者宮園タクシー株式会社が債権者に対し昭和五九年二月一日付けでした乗務を停止し内勤を命ずる旨の意思表示の効力を仮に停止する。
3 申請費用は債務者らの負担とする。
二 債務者ら
主文と同旨。
第二当事者の主張
一 申請の理由
1 当事者
(一) 債務者宮園タクシー株式会社(以下「債務者会社」という)は、東京都中野区に本店を置き、タクシー(無線車)による旅客運送事業を営む会社である。
(二) 債務者東京無線タクシー協同組合(以下「債務者組合」又は「東京無線」という)は、債務者会社ほか約三〇社のタクシー会社が組合員となって設立された協同組合であり、無線タクシー共同営業部を設け、東京無線タクシーの名称で、組合員の無線車の呼出し、配車等の業務を行っている。
(三) 債権者は、債務者会社に勤務するタクシー乗務員であり、債務者組合の無線車乗務員登録原簿に登録されて、債務者会社の無線車に乗務していた。
2 債権者に対する処分
(一) 債務者組合は、債権者に対し、昭和五九年一月二六日、債権者が乗車拒否及び虚偽通信を行ったなどとして、東京無線タクシー運営規定に基づき、債権者の無線車乗務員登録を取り消す旨の処分(以下「登録取消処分」という)をした。
(二) 債務者会社は、債権者に対し、昭和五九年二月一日、右同様の理由で、就業規則に基づき、債権者の乗務を停止し内勤を命ずる旨の懲戒処分(以下「乗務停止処分」という)をした。
3 処分の無効
(一) しかし、右各処分は事実誤認に基づくものであって、処分事由は存在しないから、いずれも無効である。
(二) また、右各処分は、その手続過程に次のとおり重大な瑕疵があるから、重大な手続違反ゆえに無効である。
(1) およそ登録取消しや乗務停止という重大な処分をするには、事前の十分な調査が必要であることはいうまでもない。ところが、債務者らは、いずれも、杜撰な調査のまま漫然と処分をした。
(2) およそある処分をする場合、どのような証拠によって――どのような事実を認定したのかは、被処分者に十分告知されなければならない。ところが、債務者らは、いずれも、債権者に処分結果だけを告知するにとどまり、十分な説明をしなかった。
(3) 処分をするに当たっては、被処分者に弁明の機会を与えるのが当然である。ところが、債務者らは、いずれも、債権者の弁明を全く聴いていない。
(4) 処分については、不服申立ての機会が付与されなければならないことは、もちろんである。ところが、本件ではこの手続もない。
(5) 処分事由と明らかに抵触する証拠が発見されて処分に疑義が出された場合、処分者においては、再調査や再審査を開始すべきである。ところが、債務者らは、いずれも、債権者が当時の乗客を捜しその証言を得て事実を明らかにし、処分の不当性を訴えるとともに再審査を申し入れたのに対し、再審査を約束したにもかかわらず、結局、処分の再検討の作業に着手していない。
4 保全の必要性
債権者は、登録取消処分により昭和五九年一月二六日からタクシーに乗務することができず、また、乗務停止処分による不当な内勤を拒否したため、債務者会社からの収入は一切ない。内勤の実体は掃除であって、これに服することは乗務員にとって耐えがたい苦痛であるばかりか、仮にこれに服したとしても、それにより得られる収入は月額約一二万円と極めて低額である。債権者は、右各処分やその後に遭った交通事故により離婚を余儀なくされ、二人の子供(一五歳、一一歳)を扶養することとなったため、早急に右各処分の効力を停止して運転業務に復し、生活の糧を得る必要がある。
よって、本件各申請に及んだ。
二 申請の理由に対する認否
(債務者組合)
1 申請の理由1の(二)及び(三)の事実は認める。
2 同2の(一)のうち、債務者組合が債権者について乗車拒否及び虚偽通信を理由として主張の登録取消処分をしたことは認める。
3 同3はすべて争う。なお、債務者組合が債権者に対して再審査の約束をした事実はない。
債権者は、債務者組合の登録取消処分が無効であると主張するのみであって、債権者にどのような権利があり、これを保全しようとするのか何ら主張を行っておらず、その権利の特定さえしていないから、債務者組合に対する申請は被保全権利を欠く。
4 同4は不知ないし争う。
債務者組合と債権者との間には、後記のとおり雇用関係その他何らの権利義務関係はない。したがって、仮に債務者組合の処分の効力が停止されることがあったとしても、これにより当然に債務者会社の処分の効力が停止されるわけでもなければ、また、これにより債権者の給与が保証されるわけでもない。債権者と雇用関係がある債務者会社との間において債権者の権利義務関係が確定されれば、それにより債権者の権利は保全されるのであり、かつ、それで足りるというべきであるから、債務者組合に対する申請には保全の必要性がない。
(債務者会社)
1 申請の理由1の事実及び同2の(二)の事実は認める。
2 同3はすべて争う。なお、主張の再審査は債務者組合との間の問題であって、債務者会社には関係がない。
3 同4のうち、債権者が処分後に交通事故に遭ったことは認め、その余は不知ないし争う。
三 債務者らの主張
(債務者組合)
債権者は、債務者会社に勤務する従業員であって、債務者組合との間には雇用関係はなく、その他何らの法律上の権利義務関係もない。債務者組合の処分は、組合員である各タクシー事業者との間の関係においてそれに通報されるだけの事実行為であって、これにより乗務員本人に対して何らの法律効果が生じるものではない。乗務員に対しては、右通報を受けた雇用主である組合員が、その責任において処分等の処理を行うのである(債務者組合の登録取消処分があった場合にも、組合員は、これに従って乗務員を処分するか否かを自主的に決定し得るのであり、その判断において、債務者組合に異議申立てを行って乗務員に対する処分を行わず、あるいは、再登録の申請を行うこともできる)。したがって、債務者組合には当事者適格がなく、債務者組合に対する申請は不適法である。
(債務者会社)
1 債権者は、昭和五八年一一月二三日午前〇時五四分ころ東京無線からの連絡により配車の指示を受け、同日午前一時ころ赤坂北斗ビル前付近において予約客を待っていたものであるが、右配車指示に反し、たまたま通りかかった別の客を予約客でないことを認識したうえで乗車させ、その結果、本来の予約客の乗車を拒否した。この行為は、東京無線タクシー運転規定三〇条別表罰則基準一項に該当する違反行為であり、債務者会社就業規則六四条一二号「東京無線タクシー運営規定に違反する行為があり本条による懲戒が妥当と認められたとき」及び一三号「その他前各号に準ずる違反行為があったとき」に該当する。
2 債権者は、更に、前記乗客を乗車させて発進後、同時に配車された他の無線車である六五七号を名乗り、東京無線に対し、パンクのため赤坂北斗ビル前に代車を要請する旨の無線連絡を行い、虚偽の通信をした。この行為も、同様に債務者会社就業規則六四条一二号及び一三号に該当する。
3 債権者は、昭和五四年九月一七日に特に誓約書を差し入れて債務者会社に再入社したものであるが、右1及び2の違反行為以前にも、昭和五五年三月一二日に立川で不在駐車行為を行って始末書を提出し、同月二九日に渋谷で乗車拒否を行い、昭和五六年二月一五日に勤務態度不良により誓約書を提出し、昭和五七年二月一〇日に横浜までの乗客に対し不当料金請求を行っている。
4 よって、債務者会社は、債権者に対し、以上のような債権者の過去及び日ごろの勤務状況等を総合勘案し、就業規則六四条に基づいて乗務停止処分をした。
四 債務者らの主張に対する認否
(債務者組合に対し)
債権者と債務者組合との間に雇用関係がないことは認めるが、その余は争う。無線車乗務員登録は、乗務員からの申請に基づき、債務者組合において調査、教育を行ったうえで行われる。そして、この登録は無線車乗務の一要件となっており、登録を取り消された場合、乗務員は、自動的に組合員の無線車に乗務することができなくなる。したがって、債権者と債務者組合との関係は法律上の権利義務関係であり、債務者組合が合理的理由なく登録の取消しを行った場合には、債権者はその効力を争うことができる。
(債務者会社に対し)
1 債務者会社の主張1のうち、債権者が主張の日時に配車の指示を受け、赤坂北斗ビル前付近において予約客を待っていたとき、通りかかった予約客でない別の客を乗車させたことは認めるが、その余の事実は否認する。債権者は、その乗客を予約客と誤信して乗車させたのであって、これは間違い乗車にすぎず、しかも、その誤信には相当の理由がある。
2 同2の事実は否認する。債権者は、発進の約五分後、右乗客との会話により間違い乗車に気づき、直ちに無線連絡により東京無線にその旨を告げて代車を要請し、無線オペレーターの了解を得たのであって、主張のような虚偽通信は一切行っていない。
3 同3の事実は否認する。立川の件は乗客に依頼されて待機していたもの(その乗客を乗せて東京に戻った)、渋谷の件はユーターンするうえ遠回りになると説明すると客が自ら降りたもの、横浜の件は乗客が自ら帰路高速料金とチップをチケットに記入したものであって、いずれも債権者に落度はない。のみならず、これらの問題は処分時には何ら問題とはされておらず、裁判になって初めて持ち出されたものであって、不当極まりない。
第三証拠関係
本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 債務者組合に対する申請について
申請の理由1(当事者)の(二)及び(三)の事実並びに債務者組合が債権者について同2の(一)の登録取消処分をしたことは、当事者間に争いがない。そこで、債務者組合の当事者適格及び被保全権利の点はさておき、保全の必要性について検討する。
保全の必要性についての債権者の主張は、債務者会社において無線車に乗務すれば得られるであろう賃金を債権者及び二人の扶養家族の生活費に充てる必要があるというものである。したがって、債権者の申請は、究極のところ、実際に無線車に乗務することではなく、この賃金を得ることに目的がある。
しかし、債権者が債務者組合との間に雇用関係がないこと及び債権者が債務者会社から申請の理由2の(二)の乗務停止処分を受けていることは、債権者が自ら主張するところであるから、債権者としては、雇用主である債務者会社との間において、乗務停止処分の無効を理由に、端的に賃金の仮払を求め、債権者が無線車に乗務し得る地位にあることを仮に定め、又は乗務停止処分の効力そのものを停止するなどによって、申請の目的を達することができ、また、それで足りるものというべきである。いずれも成立に争いがない疎甲第三号証(東京無線タクシー運営規定)及び疎乙第四九号証(債務者組合定款)によれば、債務者組合においては、組合員である各タクシー会社は無線車乗務員登録を取り消された乗務員を乗務させてはならず、これに違反した場合には組合員に一定の罰則が適用されるものと定めていることが認められるが、そうであるからといって、債務者組合がした登録取消処分の効力を停止することによって当然に債務者会社がした乗務停止処分の効力が停止されるわけではないし、また、登録取消処分の効力を停止しなければ債務者会社との間で乗務停止処分の効力を停止し、無線車に乗務し得る地位を仮に定め、又は賃金の仮払を受けることができないわけでもない。
したがって、債務者組合に対する申請は、少なくとも保全の必要性を欠くものと認められ、その余の点について判断をするまでもなく、理由がない。
二 債務者会社に対する申請について
申請の理由1(当事者)の事実及び同2の(二)(乗務停止処分)の事実は、当事者間に争いがない。そこで、乗務停止処分の効力について検討する。
1 債務者会社の主張1のうち、債権者が主張の日時に配車の指示を受け、赤坂北斗ビル前付近において予約客を待っていたとき、通りかかった予約客でない別の客を乗車させたことは、当事者間に争いがない。この争いがない事実に、(証拠略)を総合すれば、債権者が右乗客を乗車させた経過については、次の(一)ないし(四)の事実を一応認めることができる。
(一) 債権者は、無線番号七六六号の車両に乗務していたが、昭和五八年一一月二三日午前〇時五四分ころ、東京無線のオペレーター荻野登市からの無線通信により、赤坂北斗ビル前五台配車のうちの一台として配車の指示を受け、同所へ赴いた。間もなく、債権者の車両の後方に、順次、債務者会社の山中計一郎が乗務する無線番号七二一号の車両、代々木自動車の青山好が乗務する無線番号六五七号の車両ほか二台(無線番号六〇〇号及び七七一号)の車両が到着し、債権者の車両を先頭に計五台の車両が縦列となって、予約客の待機をしていた。
(二) 山中は、自分の前で待機している先頭車両が同じ債務者会社の車両であったため、外に出て、その運転席に近づき、債権者に対し、窓越しに「きょうはどうですか」と話しかけた。山中と債権者とはそれまで面識はなかったが、債権者も、話しかけてきたのが同じ債務者会社の乗務員であることが分かったので、「寒いから中に入れよ」と言って後部右側のドアロックを外した。そこで、山中は、自分でそのドアを開けて車内に入り、後部座席右側に座り、債権者と雑談を交わしていた。その内容は、山中は無線通信の傍受により債権者がいつも荻窪周辺で営業していることを知っていたのでそのことを尋ね、債権者がこれに対して都心で事故を起こしたことがあって怖いのでそうしている旨答えたり、債権者の車両に装置されている無線機が山中の車両のものとは異なるので山中がその点を尋ね、債権者がAVM方式の無線機が取り付けられるようになっている旨を説明したりというものであった。
(三) そして、五分ほどたったころ、山中は、債権者の車両に左側歩道の後方から乗客らしい男性(後に水上寛裕と判明)が近づいてきたのを認めたので、後部右側のドアを開けて債権者の車両から降り、自分の車両へ戻ろうとした。ところが、債権者が乗客のために後部左側のドアを開けたにもかかわらず、水上がすぐには車両に乗り込まず、運転席の債権者と何かやり取りをしているので、山中は不審に思い、債権者の車両のすぐ外側の運転席付近でその様子を見ていた。すると、水上が債権者に対し、何回も頭を下げて拝むようにしながら「いくら東京無線に電話をしても出ないんだよ。頼むよ」というような乗車の依頼をしており、これに対して債権者は「駄目だよ」と最初は断わっていた。しかし、水上が「チケットで高尾までだけれど行ってくれないか」と頼むうちに、債権者は「本当に東京無線のチケットですか。本当に高尾なんですか」と尋ね、水上が「チケットだ」と答えて債権者にチケットを見せるような素振りをすると、債権者は水上を乗車させて発進した。
(四) その少し前、三台目の車両の乗務員である青山は、運転席に座って予約客の待機をしていたが、道路の反対側の歩道から一人の男性(後に水上と判明)が自分の方に向かって道路を横断してくるのを認めた。水上は、横断を終えると車道側を少し後方から青山に近づき、「高尾まで行ってくれ。チケットだから行ってくれ」と乗車を申し込んだが、青山は、予約車であるから乗車させることはできない旨を告げて、これを断わった。すると、水上は先頭車両の方に向かった。青山がその様子を見ていると、水上が左側歩道から先頭車両に近づき、先頭車両の後部座席に乗り込んでいた二台目の車両の乗務員の山中が右側から降車し、水上が運転席の乗務員としばらく話をしたのち乗車し、先頭車両が発進した。それを見届けた青山は、車外に出て山中に近づき、「何で行っちゃったんだよ。お客かよ」などと話しかけたが、山中は、債権者が同じ債務者会社の乗務員であるため、言葉を濁していた。
2 これに対し、債権者は、(証拠略)において、「北斗ビル前に先頭で到着後、後ろを見ると、二台目の車両も同じ債務者会社の車両であったので、車を降りて、同様に降車したその乗務員の山中と、車外で、都心で事故を起こしたことがあるなどの雑談をした。そのあとタイヤの状態を見るため左側歩道に行き、歩道上から左前輪の状態を見て後方へ戻ろうとしたとき、予約客と思われる男性が自分の方に来て「高尾まで行ってくれ」と言った。そのとき予約客の名前を失念していたので「無線のお客さんですか」と尋ねると、その水上が「無線チケットだ」と答えたので、予約客であると思い、急いで運転席に戻って後部左側のドアを開け、水上を乗車させて発進した。ところが、しばらくして、車中での会話の中で水上が「きょうは東京無線に何回電話してもつながらなかった」と言うのを聞いて、初めて間違い乗車であることに気づいた」と供述する。
また、水上寛裕は、証人としての証言及びこれにより成立が認められる疎甲第一〇ないし第一二号証(同人の各証明書)において、「友人と一緒に午後七時ころからクラブでウイスキーを飲んでいたが、東京無線のチケットを持っていたので、帰りぎわの午前〇時三〇分ころ東京無線に二回ほど電話をしたが通じなかった。その店を出て、もう一軒飲みに行くかそのまま帰宅するか決めかねたまま、北斗ビルと反対側の歩道をそこから約四〇メートル過ぎたあたりまで行き、道路を横断し、今度は北斗ビル側の歩道を元に戻るように歩いていた。すると、前方に東京無線のタクシーが何台か停車していたので、これに乗車して帰宅しようと思った。先頭から二台目の車両の乗務員が車両の右外側に出て立っているのをたまたま認めたので、その山中に対し歩道上から「無線チケットだ、行ってくれよ」と言った。「高尾だ」と言った気もする。これに対し、山中はいかにも無視するような素振りをしたので、無礼だ、乗車拒否ではないかと憤慨した。しかし、左を見るともう一人の乗務員が歩道上にいたので、二、三歩そちらへ歩き「高尾まで行ってくれ」と言った。すると、その債権者から「無線のお客さんですか」と尋ねられたので「無線チケットだ」と答えると、債権者がすぐに先頭車両の運転席に戻って後部左側のドアを開けてくれた。そこでこれに乗り込み、同時に車両は発進した。車中の会話で「きょうは何回電話してもつながらなかったんだよ」と言うと、債権者がびっくりしたような様子を見せ、二人とも間違い乗車に気づいた」と証言し、供述する。
しかし、この債権者の供述や水上の証言及び供述には、次のようないくつかの疑問がある。
<1> 水上は、最初に山中に乗車を申し込んだが無視するかのように断わられて乗車拒否ではないかと憤慨したというが、休日の前日から当日にかけての深夜の時間帯に何台かのタクシーが停車しているのを見て、しかも車両の表示により空車か否かが直ちに判別し得るにもかかわらず、それが予約客待機の車両であると思わないのは不可解であるし、また、仮に予約車であることに気づかなかったとすれば、まず先頭車両に乗車の申込みをするのが普通であるのに、いきなり中間の車両に乗車を申し込むのも不自然である。
<2> 債権者は歩道上から左前輪の状態を見て後方へ戻ろうとしたとき水上から乗車を求められたといい、水上も山中とのやり取りのあと二、三歩歩いて歩道上にいた債権者に声を掛けたというが、仮にそうであったとすれば、債権者には水上の山中に対する乗車申込みの言葉が聞こえ、少なくとも予約客かどうかについての疑念を抱いて当然の状況であったものと考えられる。
<3> 債権者は水上からまず「高尾まで行ってくれ」と言われ、それから予約客かどうかの確認をしたといい、水上も同様にいうが、予約客であれば、まず予約客である旨を告げて乗車し、それから行き先を告げるのが普通ではないかと考えられる。
<4> 債権者は予約客の名前を失念したというが、そのこと自体に無線車乗務員として疑問が残るし、仮に失念したとしても「無線のお客さんですか」と問い「無線チケットだ」との答えを得たことをもって予約客であることを確認したというのも、事実とすれば軽率にすぎるのではないかと考えられる。名前を失念した場合であっても「どちら様ですか」あるいは「予約のお客様ですか」と尋ね、相手方の応答によっては更に「あとのお客様はどうされたのですか」と尋ねるなどによって、乗客に対して非礼とならず、かつ、より有効に予約客の確認をすることができる。また、仮に水上がいうように山中が自分の車両の外にいたとすれば、山中に確かめてみるという方法もすぐに考えられるはずである。
結局、水上は、電話によって無線車の配車を予約することができなかったため、道路上で予約客の待機をしている東京無線の車両を認めるや、チケット利用による高尾という遠方までの乗車であることを示して、乗務員に乗車を認めさせようとしたのではないかとも推量される。また、水上は、債権者から「今度のことで会社を首になった。家庭も目茶目茶で離婚になるかもしれない」と告げられて疎甲第一〇号証を書いたと証言するが、右のとおり水上が予約車であることに気づかないで債権者の車両に乗車したというのは疑問であるし、仮にそうであったとしても、債権者が右のような事態に追い込まれているとすれば、少なくとも自分の乗車が原因となっていることについての責任は感じているものと考えられるので、その負い目がその証言や供述に反映しているのではないかとの疑問も払拭しきれない。
他方、前記1に掲げた証拠における山中の供述には、債権者との雑談において債権者の車両に装置された無線機のことも話題になったとの点や、水上が債権者に対して乗車を求めた際に「東京無線に何回電話しても通じなかった」と言っているのを聞いたとの点が含まれており、これはその場に臨んだ者の供述として信用に値するものと考えられる。もっとも、疎乙第二二号証〔山中計一郎の陳述書―編注〕は本件仮処分申請後に作成されたものではあるが、(証拠略)によれば、山中は登録取消処分や乗務停止処分がされる以前の調査段階において、債務者会社や債務者組合の事情聴取を受け、同様の供述をしていたことが認められ、疎甲第五号証〔債権者の陳述書―編注〕によっても、債権者は乗務停止処分を受けた後に水上を捜し出し、同第一〇号証を得て債務者組合にこれを示したというのであるから、疎乙第二二号証の信用性は、その作成経過のゆえをもって減殺されるものではなく、他に作為を窺わせるような事情もない。そして、前記1に掲げた証拠における青山の証言及び供述についても、その信用性を疑わせるような事情はない。
したがって、前記1の認定に反する債権者の供述や水上の証言及び供述は、右の山中の供述や青山の証言及び供述に照らし、そのまま信用することはできない。なお、疎甲第一九号証(日高邦夫の証明書)は、その成立の点はさておいても、記載が簡略にすぎ、また、水上の乗車から発進までの間に日高と水上とが言葉を交わしたという債権者や水上すら全く触れていない点の記載もあって、信用性に乏しい。そして、他に、この認定に反する証拠はない。
3 (証拠略)によれば、債務者会社の主張2については、次の(一)ないし(三)の事実を一応認めることができ、これに反する証拠はない。
(一) 東京無線のオペレーターの荻野登市は、昭和五八年一一月二三日午前一時一五分ころ、「六五七号、パンクのため代車お願いします」との無線通信を受けた。荻野は、無線番号六五七号の車両が先に赤坂北斗ビル前に五台配車したうちの一台であることが分かっていたので、この要請を了解し、代わりの車両を同所に差し向けるため、無線通信による呼出しを行った。しかし、荻野が担当する車両中には応答するものがなかったので、荻野は、他の車両を担当する鈴木オペレーターに依頼し、同人から無線番号一二四二号の車両を配車した旨の連絡を受けた。
(二) そこで、荻野は、無線通信により、無線番号六五七号の車両を呼び出し「代車一二四二号で完了」と告げた。ところが、その乗務員である青山好からは「実車中、代車要請はしていない」との応答があったので、荻野は更に「先ほどパンクのため代車を頼むとの要請があったが」と尋ねたが、青山の答えはやはり「要請していない」というものであった。荻野は、多忙な時間帯であったため、後刻調査をすることとしてその場の通信は打ち切ったが、午前二時ころ、鈴木から代車の一二四二号が実車になった旨の連絡を受けた。
(三) 青山は、北斗ビル前から予約客を乗車させて走行中に、荻野との間に右のような無線通信があったので、乗務を終えて帰庫後、代々木自動車の大山営業課長に対し、自分の六五七号の無線番号を使って代車要請をした者がいる旨を報告するとともに、調査をしてほしいと申し出た。そこで、大山は、同日午前七時三〇分ころ、東京無線に電話をし、応対した木多オペレーターに対し、右の旨を届け出て調査の依頼をした。そのために、荻野が報告をする以前に、この件は東京無線の知るところとなった。
4 右の事実によれば、青山ではない誰かが六五七号の無線番号を冒用してパンクによる代車要請という虚偽の内容の通信を行ったものということができる。そして、その誰かについては、少なくとも、無線番号六五七号の車両が北斗ビル前に配車されたことを知り、かつ、同所において代車の必要が生じたことを知っていた者と考えるほかはないから、それは、同所に五台配車された車両の乗務員のうちの一人ということになる。
ところで、債権者は、前記2に掲げた疎甲号各証において「発進して約五分後、水上との会話の中で間違い乗車に気づいたので、いったん停車し、無線通信により、オペレーターに「赤坂北斗ビル配車の七六六ですが、お客さんを間違えました」と告げて代車を求め、その際「間違えて乗せたお客さんも東京無線のチケットです」と付言した。オペレーターは「了解」と答え、その後オペレーターが代車を呼び出している無線通信が聞こえてきた。しかし、その後何の指示も連絡もなかったので、代車の手配がついたものと思い、四、五分ほどして、そのまま再び走行し、新宿を過ぎたあたりで無線機のスイッチを切った」と供述する。また、水上寛裕も、その証言及び前掲疎甲第一〇、第一一号証において、これを裏付ける証言及び供述をする。
しかし、債権者の供述や水上の証言及び供述は、前述のとおり総じて信用性に乏しいものであるし、前掲証拠における荻野の供述や青山の証言及び供述に照らしても、これをそのまま信用することができず、他に債権者がその供述のような無線通信により代車の要請をしたことを認めるに足りる証拠はない。
そうすると、代車の必要を生じさせたのは予約客でない水上を乗車させた債権者であり、債権者が代車の要請をしなければ、乗車できなかった予約客から東京無線に苦情が入ることは必至の状況であったと考えられるところ、東京無線にはパンクを理由とする一台の代車要請があっただけであり、実際その代車が配車されて実車になっているのであるから、これらの事情を総合すれば、この虚偽通信を行ったのは債権者であり、それは前記1のとおり水上を乗車させたことが東京無線に発覚するのを防ぐためであったと合理的に推認することができる。
5 以上のとおり、債権者は、予約客でない別の客をそれと認識したうえで乗車させ、かつ、他の車両の無線番号を冒用して虚偽の通信を行ったものと認めることができる。そして、右の第一の点は、その結果として本来の予約客が乗車できなくなることを容認していたと認められるので、その予約客の乗車の拒否に当たるものということができる。
ところが、前掲疎甲第三号証によれば、東京無線タクシー運営規定は、乗車拒否や虚偽通信は同規定に違反する行為であると定めており、また、成立に争いがない同第四号証によれば、債務者会社の就業規則は、その六四条で、従業員に東京無線タクシー運営規定に違反する行為があり本条による懲戒が妥当と認められたとき(一二号)は、減給、昇給停止、乗務停止又は出勤停止とすると定め、その六二条で、乗務停止は始末書を取り一定期間乗務を停止し、再教育を受けさせ、あるいは指示した他の業務に従事させる(五号)と定めていることが認められる。
そうすると、債権者の行為は右の六四条一二号に該当する行為であり、その無線車乗務員としての行為態様等を考慮すれば、債務者会社がこれに対し乗務を停止し内勤を命ずる処分をしたことは、相当なものとして是認することができる(なお、債務者会社の主張3の債権者の過去の勤務状況については、関係証拠によっても、その具体的内容や非難すべき程度は必ずしも明らかでないが、この点を除いても、乗務停止処分は相当なものと考えられる)。
債権者は、申請の理由3の(二)において、種々の手続違反を理由とする乗務停止処分の無効を主張する。しかし、(証拠略)によれば、債務者会社は、債権者から口頭及び書面により弁明を聴き、山中らから事情を聴取し、東京無線が行った青山や荻野からの調査の結果の報告を受けて処分を行ったものであることが認められるから、杜撰な調査に基づくとか、債権者の弁明を聴いていないとかの非難は当たらない。また、その余の、処分事由と証拠の告知の欠如、不服申立ての機会の欠如、及び処分の正当性を疑わせる新証拠が提出された場合の再検討の欠如の主張は、いずれも、そのような手続の欠如があったとしても処分を無効とすべきものとは解されないから、失当である。
したがって、乗務停止処分は有効であり、債務者会社に対する申請は理由がない。
三 よって、債権者の本件各仮処分申請はいずれも失当であるから却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 片山良廣)